第22回 中世3 承久の乱(1)


【22−1】 北条政子の演説『吾妻鏡』 (実況二16-5 結論20)

 (承久三年五月)十九日壬寅、・・・・二品、家人等を簾下に招き、・・・・是れ最後の詞なり。故右大将軍朝敵を征罰し、関東を草創してより以降、官位と云ひ、俸禄と云ひ、其の恩既に山岳よりも高く、溟渤よりも深し。報謝の志浅からんや。而るに今逆臣の讒に依りて、非義の綸旨を下さる。名を惜しむの族は、早く秀康・胤義等を討取り、三代将軍の遺跡を全うすべし。


【22−2】 承久の乱の没収地『吾妻鏡』 (実況二16-5 結論20)

 (承久三年八月)七日、戊午、・・・・叛逆の卿相雲客並びに勇士の所領等の事、武州尋ね註する分、凡そ三千余箇所なり。二品の禅尼、件の没収の地を以て、勇敢勲功の浅深に随ひて、面々に之を賞し充つ。


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