第7回 古代7 推古朝

【7−1】『日本書紀』1 (実況一4―10 結論6−1)

 皇太子、親ら肇めて憲法十七条を作る。
 一に曰く、和を以て貴しと為し、忤らふこと無きを宗と為よ。・・・・
 二に曰く、篤く三宝を敬へ。三宝とはなり。・・・・


【7−2】『隋書』倭国伝1 (実況一4−11 結論6−2)

 開皇二十年、倭王姓は阿毎、字は多利思比孤、阿輩鶏彌と号す。使を遣し闕に詣る。・・・・


【7−3】 『隋書』倭国伝2 (実況一4―12 結論6−2)

 大業三年、其の王多利思比孤、使を遣して朝貢す。・・・・其の国書に曰く、「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙無きや云々」と。帝、之を覧て悦ばず、鴻臚卿に謂ひて曰く、「蛮夷の書、無礼なる者有り、復た以て聞する勿れ。」と。明年、上、文林郎裴清を遣して倭国に使せしむ。


【7−4】 『日本書紀』2 (実況一4−13 結論6−3)

 (推古天皇十六年)九月辛巳。唐客裴世清罷り帰る。則ち復た小野妹子臣を以て大使と為し・・・・唐客に副へて遣す。・・・・其の辞に曰く、「東の天皇敬して西の皇帝に白す・・・・」と。是の時に、唐のックにに遣はすは学生・・・・高向漢人玄理・・・・・学問僧新漢人日文・南淵漢人請安・・・・


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